
で、現行と整合的にするために、登録は現行の著作(財産)権が保護される50年以内。登録さえすればそれ以降は(基本的には)ずっと保護される。
ただし著作物に対して登録可能なのは1人だけにする。制作者の死後に権利者が増殖するっていう現行の制度は不合理ですから。相続者が複数いるなら、作品ごとに分割するなり金銭で解決するなりすればよいので問題も少ないでしょう(不動産の相続と似たような感じですので、遺族を問題にしている方々も納得されるのではないでしょうか)。
無料だフリーだと、さも新しいビジネス・モデルが誕生したかのように大騒ぎしているが、知っての通り、NHK以外のテレビ番組だって数十年前のサービス開始当初から無料である。それは広告料に支えられているからというのもまた常識。コンテンツを無償で提供することで多くのユーザーを集め、それが広告効果を高めるから、訴求力が高いと判断した広告主はテレビ屋が請求する高額の広告料金に納得していたのである。つーか本当はCMの方が真のコンテンツなのだ。だからそれが「フリー」であるのは、ちっとも目新しい話ではない。
では、同じ「旧」メディアである雑誌の方はどうかと言うと、出版社はテレビ屋ほど高い広告料を徴収できているわけではない。だから有償である。それは何故か。勿論、「スケールメリット」の違いであるのは明白なのだが、では何故この2つのメディアの間にこのような差異が生じるのか。
答えは簡単。参入が規制されているか否かの違いだ。電波は規制されているからテレビ局の数は限られているのに対し、出版社はそうではない。つまり、有限のユーザーを奪い合うにあたって争わなければならない競合他社の数が両者の間で圧倒的に違うのであり、だから降って来る広告料の1社当りの額に差が生じているのだ。誰でも知ってる当たり前の話である。(ここでは映像と文字といったメディア特性の違いは無視して良い。)
もしも周波数が無限に利用でき且つ誰にでも開局出来るとしたら、番組数は無限に増え、(理屈の上では)それに反比例して視聴者も分散されてしまうであろうから、そこに割り当てられる広告料金も現在に比して大幅に下がる。そして、既にお気付きの通り、これがインターネットの姿である。
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で、『このライトノベルがすごい』で順位がどうこう騒いでました。
作家さんがたの中には本気でこういう読者参加型のイベントに嫌悪感示す人いるんですよね。
ネット上でアマチュアが感想垂れ流してるだけなのにそういうのに権威持たせるな!とかいうのが大まかな意見らしいです。
もちろんそのとき杉井亭にいる人全員が好き勝手に評価されている当の本人たちなので、そんなふうな結構厳しい意見も飛び交います。
でも、私、この前『金と芸術』なんてストレートな本読んだんです。そこに大体こんなことが書いてありました。
「アーティストが批評家の評でどうこうなることはまずありそうもない。特にマイナスの方向にはそうだ。なぜならば多くの観客は批評家の批評などまず見ないし、批評家の批評をわざわざ見るほどの客は自分の目で作品を選ぶ」
愛の対義語って無関心だってさ。悪評も評、てよく聞く言葉だと思います。
まああとは、ライトノベルって言葉を使うな! 定義するとSFとかミステリみたいに滅ぶ!とかもたまに聞きますね。
で、それについても『金と芸術』にありました。(著者はオランダのアーティスト兼経済学者。どこの国のどのジャンルの芸術も似たようなものなのかなと思いました)
「アーティストは自分の作品を定義されることを嫌う。ただ、アーティストが自分の関わる作品群には定義しきれない新しいものがあると思い込むのは勝手だが、歴史を振り返れば、すべての芸術が定義され整理され、時代の一つの区分になってきた」
私はこういう考えに賛成する。
その思い込みの幻想の中でどう頑張るかが創作だ!
定義するなと騒ぐのが創作なのではない!
| — | 飲みでした|すぱイしー ているず (via katoyuu) (via 778) |
kagurazakaundergroundresistance:
2009-05-04Cat Hat (via Breslow)





